そうして寂しさに背を向けた 


 現在いる島を出て三週間後に辿り着く予定の島はログが貯まるのに一ヶ月かかる。その情報を得たクルーが報告した途端皆が一堂に会した食事時のダイニングは沈黙に包まれた。
 なぜなら次の島は今いる島と違い、無人島だと別の住人から聞いていたからだ。しかも島民の話によると砂漠地帯になっているらしく食料の確保も絶望的だった。なんの情報も得られない、食料も水も確保出来る保証はない。そんな島に、一ヶ月。

「三週間航海して着く島がそんなのってアリかよ……」
「エターナルポースは売ってないの?」
「聞いてみたんだけどないって。海軍なら所持してるかもしれないけど……」
「そんな……」

 持っているかどうかも分からないエターナルポースの為に海軍を襲うのはリスクの方が大きい。見つかればともかく、万が一見つからなかった場合海軍から逃げおおせる事は不可能に近い。海軍も馬鹿じゃない。次にたどり着く島が砂漠地帯の無人島だというのも把握済みだろうし、航海の途中で沈められるか、次の島で追い詰められるかの二択を選ばされることになるだろう。どこか別の島を探すにしたって宛も無ければグランドラインのめちゃくちゃな磁場、気候で更に最悪の事態を引き起こす可能性だってある。

「……とにかく二ヶ月分の食料をきっちり管理してやり過ごすしかないよ」
「ま、まあ絶対何も無いと決まったわけでもねェし、そう肩落とすなよ、なっ? もしかしたらすげえお宝とか眠ってるかも」

 シャチが明るく振舞ってくれるのに呼応して皆も仕方ねェよ、そうだよな、希望はある! と口々に空元気を出す。
 次の島がどんな所なのか前もって情報を仕入れられただけラッキーだと明日から各々備えようと決まりその日は解散となった。





 覇気のない島が見えたとの声が船内に響き渡り、永遠かに思える長い長い航海を終えた。砂漠が広がる無人島といえど何も無いと決まったわけではない。最低でも水が確保出来れば万々歳だ。
 船長であるローの指示の元無人島に着いてすぐ見張りのクルーを数人残しての探索が行われた。島は意外と広く時間だけは潰せそうだった。内部には昔あったであろう湖の跡や石で出来た建物の跡があり、恐らく昔は人が住んでいて生活していけるだけの環境があったのだろうと推測できた。残念ながら今はそんな面影は見受けらず人が移住せざるを得ない環境になってしまった。つまり、今も人が生活できるような水や食料を確保出来る見込みがないと裏付けともとれる。益々深まる絶望にローが「人が居なくなったのがいつかは知らねェが今もその時と同じ環境とは限らねェだろ」とクルーを激励してくれ、なんとか歩みを進めた。
 それが初日の出来事。あの後探索した湖の跡を囲うように残る住居跡には所々白骨が転がっており、私は情けなくもリタイアした。海賊が何をと言われるかもしれないけれど苦手なものは苦手だ。探索意欲をすっかり削がれた私は翌日以降ずっと見張り役を買って出ている。朽ち果てた建造物や未知の植物に心踊らされる気持ちはあれど、死体がゴロゴロ転がる中いくら海賊でも気分を高めて散策――という気持ちにはなれなかった。船長が医者であるし、戦闘に関わることもザラにあるから血はそれなりに慣れていると思う。それでも死体には慣れそうにない。ローや散策に向かう皆はよく平気な顔ができるなと内心顔を顰めながら今日も島内に向かう皆を見送った。
 お世辞にも広いとはいえない甲板も誰もいないと寂しく感じられる。手すりに背を預けズルズルと座り込んだ。暇つぶしにと前の島で買い込んだ本を手に取る。本屋でベストセラーと謳われた本も一人で過ごす時間を慰めてはくれなかった。元々海賊。一人で引こもるのは性にあわないのだ。
 見張りは一人で大丈夫と送り出さなければ良かったと後悔しながらコックが作ってくれていたお昼ご飯を食べる。美味しい。美味しいは美味しい。でも、どこか味気ない。ハートのクルーで賑わうダイニングは今私一人の物音しかしない。虚しくってつい独り言も多くなってしまう。わざとあれどこだっけ? これやらなきゃ! と忙しなく動いてみても気分はちっとも晴れなかった。
 風が砂漠の砂を運んでくるせいで洗濯も出来ないし完全に手持ち無沙汰で仕方なくテーブルに額をつけ目を瞑る。起きたら誰か帰ってきていないかなと願うのに眠りにつくことすら出来ない。重く長い溜め息を吐き体を起こす。
 見張りとはいえ船から距離が離れなければ船内にいる必要はないと結論付け、海辺で一人寂しく遊ぶことにした。波を蹴ると白く泡立ってすぐに他の波に紛れてしまう。暑い砂漠地帯で涼しさを求めるなら海辺が一番だと降り立ったはいいものの求めていた涼しさは一向にやってこず、砂漠地帯特有の乾いた暑さが芯から身体を蝕んでいく。

「ローもたまには見張りくらいすればいいのに」

 初日は白骨を見つけてからというものいつ自分にとって恐ろしいものが出てくるか気が気でなかった私はずっとローにくっついて探索していた。やっとの思いで探索を終え船に戻って明日からは見張りをすると宣言し、今に至ったはいいものの終わりの見えない退屈に心が折れそうだ。そうこうしているとなまえと私の名を呼ぶ声が聞こえ破顔して振り向く。暑そうにぐったりしているベポが帰ってきた。もう駄目、と海に全身で浸かるベポには悪いけれど内心嬉しくて飛びついた。

「なまえ暑い……」
「ごめんごめん。やっぱり一人は退屈だなーと思ってたから嬉しくて。ベポだけ? 他の皆は?」
「まだ探索するって。今日は戻ってこないかも……。大丈夫だよ、おれ居るし」
「……そっか」

 もちろんベポが帰ってきてくれたのは嬉しい。それは嘘偽りのない本心だ。それでもこの退屈な島でせめて想い人と一緒に過ごしたいと思うのは私だけだろうか。船長だから率先して探索しなければならないというルールはないはずだ。

「……彼女だったら、一緒にいてって言えたのかな」

 今でも名前呼びが許されている唯一のクルーで用が無くとも会いに行ける関係に胡座をかき、何もしてこなかった自分を今更ながら恨んだ。ずっと同じ船で航海するのだからそう急ぐこともないと。今の関係に浸っていたいとのんびり構えていた私はなんて愚かなんだろう。
 残ると言った時、本当はおれも残ると言って欲しかった。そう言ってもらえなかったのはローの気持ちが私に向いてないからなのだろうか。
 もしかしたらローも……なんて自惚れだったのか。
 
 ベポが戻ってきてから二日。変わらず私とベポは涼しさを求め海にいた。探索に行っていたクルーが続々と帰ってきたのか船の方が賑わいだす。視線を一瞬向け、間違いなくクルーだと確認してすぐに背を向けた。
 遮るものがない砂漠では夜はすぐに冷える。昼間は心地よい冷たさをくれた海水もそろそろ自分の体を芯から冷やしてくる頃だ。パシャリ、波を蹴る。自分の情けない顔が揺らいだ。

「おれ戻るけど、なまえは?」
「んー、もうちょっといる」

 本当は戻ってきているであろうローの元へ駆けて行って労いの言葉を口した方がいいのだろう。素直にお疲れ様と声をかけて夜だけでも一緒に過ごす。それで十分なはず。頭では分かっていても昼間の退屈さと一向に船に残ろうとしないローに辟易してしまい、どうしても行く気になれなかった。わがままは百も承知なので今はそっとしておいて欲しい。流石に寒くなり、海をあがった後膝を抱えぼんやりと海を眺める。
 次にこの海を航海するまでこうして寂しさを抱えたままぼんやりする日々を送らないといけないんだろうか。

「こんなとこで何やってんだ」
「ロー……」

 長身の影が自分を覆う。なんでもないよ、と抱えたままの膝に頭をくっつけた。今日はなんだか変だ。ううん、この島に来てからずっと変。今ローの顔を見たら泣いてしまう。

「長い間放置したから拗ねてんのか」
「違うし。拗ねてないし」
「なら顔上げろ」
「やだ」

 せっかく会いに来てくれて嬉しいのに凝り固まった寂しさは厄介で素直になれない。退屈な時間は寂しさを限界まで助長させていた。
 いつもの私ならおかえりと笑って今日はどんなことがあったのか、何か面白いものでも見つかったかと島の様子を聞いて夜を過ごすのに。
 痺れをきらしたローが何かを呟いて気づいた時には二人揃って船長室に移動していた。

「能力の無駄遣いだ」
「誰かさんが頑なだったからな」

 シャンブルズされた後の独特の浮遊感にくらくらする。
 移動したせいでいつの間にか向かいあい、ローの顔が目の前にあった。一人でいる間浸っていた思い出の中の顔よりずっとずっと優しい顔をしているなんてずるい。

「なまえ」

 こんな時に優しい声で呼ばないでよ。頭に乗せられた重みが私をあやすように撫でる。海賊の船長とは思えない眼差しのローを見たら意地は溶けて素直な気持ちが零れてきた。

「ローは、明日も行くの……?」
「さあな」
「言って」
「お前はどうしてほしい」

 酷い人だ。こんな選択肢を私に与えないでよ。
 顔を伏せ、ローのパーカーの裾をぎゅっと握った。

「明日、一緒におしゃべりしたい」
「明日だけでいいのか」
「……ずっと」

 なけなしの羞恥心を投げ出して言葉を紡いだら、抱きすくめられて我慢していた涙腺が決壊した。

「お前、こんなに泣き虫だったか?」
「寂しかったのよ」
「悪かったよ」

 のろのろと顔をあげる。優しげな瞳と意地悪にあげられた口角が目に入った。

「ロー、唇切れてる」
「あァ……まあ砂漠地帯だしな。乾燥くらいする」

 それは私も同じだ。乾燥しきった環境ですぐかさついてしまうからとポケットに突っ込んでいたリップを取り出した。
 
「塗ってあげる」

 そう言ったのにリップは取り上げられてローが私の唇にリップを塗った。

「私じゃなくてローが」

 ローの行動が読めずリップを取り返そうとした手を取られ、ゆっくり唇が重なった。

「……これじゃ、ちゃんと保湿出来ないよ」
「いいんだよ、これで。後な」
「ん?」
「彼女だったら、ってなんだ」
「き、聞いてたの!?」

 不覚だ。てっきり一人しかいないと思ったからこその独り言だったのにまさか聞かれていたなんて。しかも「彼女だったら一緒にいてって言えたのかな」なんて恥ずかしい台詞を。穴があったら入りたいとはこの事だ。むしろ穴を掘って入りたい気分。というかあの時居たのなら会いに来てくれればいいのに、なんて人だ。

「お前がおれの彼女じゃなかったら誰が彼女なんだよ」

 恥ずかしくて耳を塞いでいても聞こえたのは多分夢じゃない。ローの耳が少し赤いから。

「わたっ、私がいい!」

 ぎゅうっと抱きついて叫んだらうるせェと唇を塞がれた。明日から、この退屈な島で寂しい思いをする心配は無さそうだ。



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